東京高等裁判所 平成10年(行ケ)315号 判決 1999年11月18日
原告
ティーディーケイ株式会社
代表者代表取締役
【A】
訴訟代理人弁理士
【B】
同
【C】
訴訟復代理人弁理士
【D】
被告
特許庁長官【E】
指定代理人
【F】
同
【G】
同
【H】
同
【I】
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 請求
特許庁が平成9年審判第20467号事件について平成10年7月31日にした審決を取り消す。
第2 前提となる事実(当事者間に争いのない事実)
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和60年4月15日、名称を「光ディスクおよび光記録再生方法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(特願昭60-79708号)をし、平成7年7月19日出願公告(特公平7-66560号)がされたが、異議申立てがあり、平成9年8月22日付け拒絶査定を受けたので、同年12月4日拒絶査定不服の審判を請求した。
特許庁は、この請求を平成9年審判第20467号事件として審理した結果、平成10年7月31日、本件審判の請求は成り立たない旨の審決をし、その謄本は、同年9月2日原告に送達された。
2 本願発明の要旨
(1) 本願特許請求の範囲第1項に記載された発明(以下「本願第1発明」という。)の要旨
基体上に記録層を有し、定線速度にて回転させながら記録層にCDフォーマット信号またはCD-ROMフォーマット信号の記録を行い、1.2~1.4m/secの定線速度で回転させながら再生パワー0.7mW以下で再生を行う光ディスクであって、
記録層がインドレニン系シアニン色素とビスフェニルジチオール遷移金属錯体を含む塗膜であり、
0.45mWの再生パワーでの再生出力が10%劣化する再生回数を106回以上とした光ディスク。
(2) 本願特許請求の範囲第2項に記載された発明(以下「本願第2発明」という。)の要旨
基体上に、インドレニン系シアニン色素とビスフェニルジチオール遷移金属錯体を含む塗膜を記録層として有する光ディスクを用い、
この光ディスクを定線速度で回転させながら記録光を照射し、
記録層に長さ0.84~3.6μm、間隙0.84~3.6μmの記録マーク列を形成してCDフォーマット信号またはCD-ROMフォーマット信号の記録を行い、
この光ディスクを1.2~1.4m/secの定線速度で回転させながら再生パワー0.7mW以下で再生を行い、
0.45mWの再生パワーでの再生出力が10%劣化する再生回数を106回以上とした光記録再生方法。
3 審決の理由
審決の理由は、別紙審決書の理由写し(以下「審決書」という。)に記載のとおりであって、審決は、本願第1発明は、引用例1(特開昭60-54892号公報)及び引用例2(JAS journal ’85・2月号、3頁ないし6頁)記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、本願発明は、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないと判断した。
ただし、審決書3頁2行「光ディスクを用い、」は、「光ディスクを用い、この光ディスクを定線速度で回転させながら記録光を照射し、」の誤記であり、同3頁17行の「第11頁」は、「第12頁」の誤記である。
第3 審決の取消事由
1 審決の認否
(1) 手続の経緯・本願発明(審決書2頁3行ないし3頁10行)は認める。
(2) 引用例のうち、引用例1の記載事項の認定(審決書3頁12行ないし4頁12行)は認める。
引用例2の記載事項の認定(同4頁13行ないし5頁3行)のうち、引用例2には、録音できるCDについて記載され、録音できるCDを実現する大きなカギはDRAWの媒体にあり、その研究開発がなされていることが記載されていること(同4頁13行ないし17行)は認め、その余は争う。
(3) 対比・判断のうち、対比(審決書5頁5行ないし6頁1行)は認める。
相違点(1)についての判断(審決書6頁4行ないし7頁6行)のうち、審決書6頁4行ないし13行は認め、その余は争う。
相違点(2)についての判断(審決書7頁8行ないし14行)は争う。
相違点についての判断のまとめ(審決書7頁15行、16行)は争う。
(4) まとめ(審決書7頁18行ないし8頁2行)は争う。
2 取消事由
審決は、相違点(1)についての判断及び相違点(2)についての判断を誤ったため、進歩性の判断を誤ったものであるから、違法なものとして取り消されるべきである。
(1) 取消事由1(相違点(1)についての判断の誤り)
審決は、「例えば引用例2には、CDフォーマット信号の記録ができ、定線速度(CLV)の範囲を1.2~4.0m/sとすることができ、レーザー制御を0.1mW単位で設定可能の光ディスクの評価装置が記載され公知のものであるから、このような評価装置を用いて、引用例1に記載の光ディスクを評価し、CD規格に対応し得るものを見い出すことは、当業者であれば容易になし得る。本願第1発明の規定は、そのようにして見い出したCD規格に対応できる光ディスクを、CD規格に準じた記録再生条件の規定で記載したものにすぎない。」(審決書6頁14行ないし7頁6行)と判断するが、誤りである。
ア 審決は、引用例2の記載事項として、「ナカミチのOMS-1000について、CDフォーマットによる録音再生が可能なディジタルオーディオディスクとしての機能と、光磁気あるいはDRAWタイプ光ディスクの評価測定装置としての機能を合わせ持った装置(その仕様が表1に示されている。)であることが記載されている。」(審決書4頁17行ないし5頁3行)と認定するが、誤りである。
光ディスクに属するものとして、DRAWタイプの光ディスクと光磁気ディスクが存在する。
DRAWとは、DIRECT READ AFTER WRITEの略であり、DRAWタイプの光ディスクは、記録可能な光記録ディスクを意味する。このタイプの光ディスクには、Te系(TeO2)や本願発明のような色素系があり、これらの薄膜は、透明基板上に設けられて記録層を構成している。記録を行うには、ディスクを回転させながら、基板表面側からレーザー光を記録信号として、パルス状に照射する。このレーザー光の出力を記録パワーという。レーザー光が照射された記録層には、レーザー光の熱により、ピットと称される小穴があき、このピットの列の形成により記録が行われる。再生には、記録のレーザー光より出力の低いレーザー光を用い、反射光を検出し、ピットとその周囲との反射率の差で記録信号を読み出す。このレーザー光の出力が再生パワーである。
これに対し、光磁気ディスクは、記録後再生し、これを消去し、再記録し、繰り返し何回もの記録、消去ができる光記録ディスクである。記録層としては磁性体を用いる。記録を行うには、あらかじめ記録層の磁化を一定方向に揃える初期化という作業を行う。そして、ディスクを回転させながら、基板表面側からレーザー光を記録信号としてパルス状に照射するが、その際磁界を印加する。レーザー光の熱と印加された磁界により、周囲と磁化が反転した記録マークができる。再生には、記録のレーザー光より出力の低いレーザー光を用い、反射光の磁化の反転による偏光の回転角(カー回転角と呼ばれる)を検出する。
このように、DRAWタイプの光ディスクと光磁気ディスクとは、ディスクも、その記録再生方法も全く異なるものである。
引用例2(甲第3号証)には、光磁気ディスク用とDRAWディスク用の2つのバージョンのうち、光磁気ディスク用のOMS-1000について紹介し、その概要の仕様は表1に示すと明記されているにすぎず(5頁中欄11行ないし右欄4行)、DRAWディスク用のOMS-1000についての仕様については記載されていない。
したがって、審決の「OMS-1000」が「光磁気あるいはDRAWディスクの評価測定装置としての機能を合わせ持った装置(その仕様が表1に示されている。)である」とする認定は誤りである。
イ そして、上記アのとおり、引用例2の評価機OMS-1000は光磁気ディスク用であって、DRAWタイプの光ディスク用ではないから、引用例2に記載の評価機OMS-1000によって、引用例1に記載の光ディスクを評価することはできない。
したがって、審決の「このような評価装置を用いて、引用例1に記載の光ディスクを評価し、CD規格に対応し得るものを見い出すことは、当業者であれば容易になし得る。」(審決書6頁19行ないし7頁2行)との判断は誤りである。
ウ 被告は、乙第1、第2号証に基づく主張をするが、乙第1号証にはその頒布された日付を特定できる記載がなく、本願発明の先行技術となり得るものか否か定かではない。また、乙第2号証は、1985年夏号と記載されているだけで、発行日が明確でないから、乙第2号証の頒布された日付が、本願の出願日前か否かは不明瞭であり、やはり本願発明の先行技術となり得るものではない。
(2) 取消事由2(相違点(2)についての判断の誤り)
審決は、「再生回数を106回以上とする特有の構成についての記載はなく、該記載は、(1)で説示したようにして見い出した光ディスクの特性を、適宜採用できる評価方法で評価し、単に示したものにすぎない。」(審決書7頁10行ないし14行)と判断するが、誤りである。
ア 本願第1発明によれば、インドレニン系シアニン色素とクエンチャー(ビスフェニルジチオール遷移金属錯体)のみで、Teや他の公知の色素よりも低い記録パワー3.5mWでも良好な記録が行われ、再生パワー0.5mW、線速1.3m/sでの再生パターンの振幅変化度合(最大振幅Aと最小振幅Bの比)も、市販のCDの記録再生特性であるB/A0.64以上のB/A0.69が得られ、さらに、0.45mWの再生パワーでの再生出力が10%劣化する再生回数は106回以上となり、再生劣化が減少するという格別の効果が実現するのである。
イ 引用例1(甲第2号証)には、基体上に、インドレニン系シアニン色素とビスフェニルジチオール遷移金属錯体を含む塗膜を記録層として有する光ディスクを用いることは開示されているが、その余の構成要件や記録層に長さ0.84~3.6μm、間隙0.84~3.6μmの記録マーク列を形成してCDフォーマット信号又はCD-ROMフォーマット信号の記録を行うこと、並びにCD記録における低い記録パワーでのCDと同等以上の高いB/A(記録再生特性)については示唆すらない。
ウ 引用例2(甲第3号証)は、DRAWタイプの光ディスクとして、Te系が可能であるとしている(3頁右欄下から16行ないし4頁左欄5行)。そして、前記のとおり、このTe系のDRAWタイプの光ディスクに対するバージョンでなく、光磁気ディスク用のバージョンとしてOMS-1000を開発したとしている。また、引用例2では、Teを用いない媒体として、色素を塗布した媒体が紹介されているが(4頁中欄21行ないし24行)、この色素媒体に対しCDフォーマットによる記録再生が可能かどうかについては全く触れられていない。ましてや、引用例2は、色素がTe系よりも極めてすぐれた記録再生特性を示すことについて示唆すらしていない。
被告は、0.45mWの再生パワーで再生出力が10%劣化する再生回数を106回以上とした点は、引用例2に示された光ディスクを通常行われる再生条件で評価し、単に特許請求の範囲に記載したにすぎないものである旨主張するが、評価機で設定可能な再生条件が必ずしも通常のディスクの再生条件に限られるものではなく、また、その設定された条件(0.45mWの再生パワー)は、従来のディスクでは十分な再生(106回以上の再生)を行うことができなかったものである。つまり、OMS-1000の設定可能な範囲は、被告の主張するような「通常行われるような条件」といえるものではないから、被告の上記主張は失当である。
エ 本願第1発明は、数多くのタイプの、そして数多くの材料を用いたDRAWタイプの光ディスクがある中で、基体上にインドレニン系シアニン色素とビスフェニルジチオール遷移金属錯体を含む塗膜を記録層として有する光ディスクのみが、その余の構成要件と組み合わせることによって、良好な記録再生特性を実現することを見いだしたものである。この事実は、引用例1及び引用例2から予測し得ないものであり、本願第1発明は、極めて顕著な効果が発現しているといえる。したがって、本願第1発明は選択発明に該当し、引用例1及び引用例2とから容易に発明できたものではない。
第4 審決の取消事由に対する認否及び反論
1 認否
原告主張の取消事由は争う。
2 反論
(1) 取消事由1(相違点(1)についての判断の誤り)について
ア 引用例2(甲第3号証)には、「ナカミチのOMS-1000はすでに述べた状況の下で、CDフォーマットによる録音再生が可能なディジタルオーディオディスクとしての機能と、光磁気あるいはDRAWタイプ光ディスクの評価測定装置としての機能を合わせ持った装置として昨年8月に発表、発売されているものです。」(5頁左欄31行ないし39行)、「市販されている機械で、録音できるCDに相当するのは現在のところ、このOMS-1000だけではないかと思います。そこで、光磁気ディスク用と、DRAWディスク用の二つのバージョンのうち、前者タイプのOMS-1000について、一例として簡単に紹介させていただきたいと思います。OMS-1000の概略の仕様は表1に示す通りで、」(5頁中欄7行ないし右欄4行)と記載されており、OMS-1000には、DRAWディスク用のものと光磁気ディスク用のものとがあることが明らかである。
そして、「OMS-1000 Optical Memory System 製品資料」(ナカミチ株式会社発行。乙第1号証)には、「OMS-1000には、ディスクの基本特性の測定に重点を置いたTYPE-[Ⅰ]と、信頼度テストに主眼を置いたTYPE-[Ⅱ]とがあり、更に各々、DRAW用ピックアップを取り付けたものと、光磁気用ピックアップを取り付けたものがある。」(1頁11行ないし13行)と記載されている。そして、その表1 OMS-1000の仕様として、光学ヘッドの対物レンズ出射光量の項目には、max.5.5mW(光磁気)、max.10mW(DRAW)の記載、及び入出力のSignal Outの項目に50Ω 100~3MHz(光磁気)、100~4.5MHz(DRAW)、と記載(3頁参照)されている。すなわち、DRAW用と光磁気用とでは、対物レンズ出射光量及びSignal Outが異なるものの、本願第1発明の再生に関する仕様には、実質的な相違はないことを記載している。
同様に、「光ディスクの評価・検査と実際」(工業技術社「インスペック」1985年夏号No.4。乙第2号証)には、「OMS-1000には、ディスクの基本特性の測定に重点を置いたもの(Type1)と、信頼度テストに主眼を置いたもの(Type2)とがあり、さらに各々、DRAW用光ピックアップを取り付けたものと光磁気用ピックアップを取り付けたものがある。」(5頁左欄21行ないし25行)との記載、及び「表3 OMS-1000仕様」(4頁)として光学ヘッドの対物レンズ出射光量の項目には、max.5.5mW(光磁気)、max.10mW(DRAW)の記載、及び入出力のプリアンプ出力の項目に50Ω 100Hz~3MHz(Type1 光磁気)、100Hz~4.5MHz(Type1 DRAW)との記載がある。
これらの記載によれば、引用例2のOMS-1000が、光磁気タイプとDRAWタイプの両者の光ディスクを評価することができる装置であることは明らかであり、原告主張の取消事由1は失当である。
(2) 取消事由2(相違点(2)についての判断の誤り)について
ア CDとして使用できるDRAW等の記録可能な光記録媒体を得ようとする課題は、引用例2にも記載されているように、本願出願当時既に存在しており、得られる光記録媒体の特性を検討して、その可能性を探ることは、当業者であれば当然行うことである(審決書6頁8行ないし13行)ところ、引用例1記載の記録可能な光記録媒体を適当な評価装置により評価することは、当業者が普通に行うことにすぎない。
イ そして、そのような評価装置の1つとしてのOMS-1000について、引用例2の表1(5頁)に示すとおり、光学ヘッドのレーザー制御の項目として、「パワー設定は、記録、再生、消去、各モード毎に0.1mW単位で設定可」と記載されている。
また、「OMS-1000 Optical Memory System 製品資料」(ナカミチ株式会社発行。乙第1号証)の表1(3頁)にも、OMS-1000の仕様として、光学ヘッドのレーザー制御の項目には、「パワー設定は、記録、再生、消去、各モードごとに0.1mW単位で設定可能」、及びメカニズムのスピンドル制御の項目にType-Ⅰ,Type-Ⅱともに「CLVで1.2~4.0m/sec.」(3頁)と記載されている。また、測定項目としては、基本波、第2次高調波、ノイズの再生レベル、C/N比、最適な記録・再生・消去のレーザパワー、反射率、ジッタ特性、ドロップアウト長分布、再生の繰り返しによる耐久性、消去/記録の繰り返しによる耐久性(5頁)が挙げられている。
さらに、「光ディスクの評価・検査と実際」(工業技術社「インスペック」1985年夏号No.4。乙第2号証)には、「いずれの媒体も、反射率その他パラメータに相違はあるが、書き込み・読み出し(消去)の区別はレーザーパワーの違いによって行っており、一般に読み出しには0.3~1mW前後、書き込みには数mW~10mWぐらいのものが多くなっている。」(3頁右欄8行ないし12行)との記載がある。しかも、上記乙第1号証の製品資料と同様に、乙第2号証の表3にOMS-1000の仕様として、光学ヘッドのレーザー制御の項目には、「パワー設定は、記録、再生、消去、各モードごとに0.1mW単位で設定が可」、及びメカニズムのスピンドル制御の項目に「CLVで1.2~4.0m/sec.(Type1,2)」(4頁)との記載がある。
ウ したがって、「例えば引用例2には、CDフォーマット信号の記録ができ、定線速度(CLV)の範囲を1.2~4.0m/sとすることができ、レーザー制御を0.1mW単位で設定可能の光ディスクの評価装置が記載され公知のものであるから、このような評価装置を用いて、引用例1に記載の光ディスクを評価し、CD規格に対応し得るものを見い出すことは、当業者であれば容易になし得る」(審決書6頁14行ないし7頁2行)ものである。
エ 原告は、引用例1には、基体上に、インドレニン系シアニン色素とビスフェニルジチオール遷移金属錯体を含む塗膜を記録層として有する光ディスクを用いること以外の構成要件、及びCD記録における低い記録パワーでのCDと同等以上の高いB/A(記録再生特性)については示唆すらされておらず、引用例2には、Teを用いない媒体として、色素を塗布した媒体が紹介されているが、この色素媒体に対しCDフォーマットによる記録再生が可能かどうかについては全く触れられておらず、色素がTe系よりも極めてすぐれた記録再生特性を示すことについても示唆すらしていない旨主張する。
しかしながら、記録層に長さ0.84~3.6μm、間隙0.84~3.6μmの記録マーク列を形成してCDフォーマット信号又はCD-ROMフォーマット信号の記録を行うことや、CD記録における低い記録パワーでのCDと同等以上の高いB/A(記録再生特性)は、本願第1発明の構成要件ではない。そして、光ディスクを定線速度で回転させながら記録光を照射し、この光ディスクを1.2~1.4m/secの定線速度で回転させながら再生パワー0.7mW以下で再生を行うことは、前記のとおり、CD規格に対応し得るものを見いだし、CD規格に準じた記録再生条件で記載したものにすぎない。
また、本願第1発明は、物自体の発明であり、本願第1発明の要旨によると、上記効果を奏するための物自体としての特有の構成は、上記の色素と錯体の組み合わせ以外に見いだすことができないから、「再生回数を106回以上とする特有の構成についての記載はなく」(審決書7頁10行、11行)といわざるを得ない。
さらに、0.45mWの再生パワーも、通常再生が行われるとされている0.3~1mWの範囲内である。
したがって、本願第1発明の要旨にいう「0.45mWの再生パワーで再生出力が10%劣化する再生回数を106回以上」とした点は、引用例1に示された光ディスクを通常行われる再生条件で評価し、単に特許請求の範囲に記載したにすぎないものであり、原告の上記主張は理由がない。
オ さらに、原告は、本願第1発明は選択発明に該当する旨主張する。
しかしながら、選択発明とは、「上位概念で表現された発明又は事実上若しくは形式上の選択肢で表現された発明から、その上位概念に包含されている下位概念で表現された発明又は当該選択の一部をその発明を特定するための事項として仮定したときの発明を選択したものであって、前者の発明により新規性が否定されず、しかも物の構造に基づく効果の予測が困難な技術分野に属する発明をいう」(乙第3号証)。
そして、本願第1発明の構成のうち、記録層がインドレニン系シアニン色素とビスフェニルジチオール遷移金属錯体の組み合わせの点は、引用例1(甲第2号証)に、インドレニン系シアニン色素とビスフェニルジチオール遷移金属錯体とを含み溶液を直径30cmのPMMA成形基板上に塗布して記録媒体を得たと具体的に開示されているのであるから(21頁右下欄10行ないし15行、23頁第1表の媒体No.5から11)、引用例1から本願第1発明を選択する余地は全くない。
したがって、原告の上記主張は失当である。
理由
1 取消事由1(相違点(1)についての判断の誤り)について
(1) 本願第1発明の要旨(前記第2、2(1))、並びに審決の理由のうち、引用例1の記載事項の認定(審決書3頁12行ないし4頁12行)及び対比(同5頁5行ないし6頁1行)は、当事者間に争いがない。
(2) そして、本願第1発明が「定線速度にて回転させながら記録層にCDフォーマット信号またはCD-ROMフォーマット信号の記録を行い、1.2~1.4m/secの定線速度で回転させながら再生パワー0.7mW以下で再生を行う」と規定しているのに対し引用例1にはそのような記載がないとの相違点(1)についての審決の判断のうち、本願第1発明の規定は、CD規格に準じて記録再生が行われることを規定しているものと認められること、及びCDとして使用することができるDRAW等の記録可能な光記録媒体を得ようとする課題は、引用例2にも記載されているように本願出願当時既に存在しており、得られる光記録媒体の特性を検討して、その可能性を探ることは、当業者であれば当然行うことであること(審決書6頁4行ないし13行)は、当事者間に争いがない。
(3) 引用例2には、「録音できるCD」について記載され、録音できるCDを実現する大きなカギはDRAWの媒体にあり、その研究開発がなされていることが記載されていることは、当事者間に争いがない。
そして、甲第3号証によれば、引用例2には、「3.ナカミチOMS-1000について」(5頁左欄29行、30行)との表題の下に、「ナカミチのOMS-1000はすでに述べた状況の下で、CDフォーマットによる録音再生が可能なディジタルオーディオディスクとしての機能と、光磁気あるいはDRAWタイプ光ディスクの評価測定装置としての機能を合わせ持った装置として昨年8月に発表、発売されているものです。」(5頁左欄31行ないし39行)、「光磁気ディスク用と、DRAWディスク用の二つのバージョンのうち、前者タイプのOMS-1000について、一例として簡単に紹介させていただきたいと思います。」(5頁中欄11行ないし右欄2行)、「OMS-1000の概略の仕様は表1に示す通りで、」(5頁右欄3行、4行)と記載され、表1の表題として、「表1 光磁気ディスク用 OMS-1000」(5頁)と記載されていることが認められる。
これらの記載によれば、引用例2には、「ナカミチのOMS-1000について」の紹介がされ、「CDフォーマットによる録音再生が可能なディジタルオーディオディスクとしての機能と、光磁気あるいはDRAWタイプ光ディスクの評価測定装置としての機能を合わせ持った装置」であって、光磁気ディスク用と、DRAWディスク用の2つのバージョンのうち、光磁気ディスク用のOMS-1000について、その仕様の概要が表1に示されていることが明らかである。
したがって、審決の引用例2について認定(審決書4頁17行ないし5頁3行)は、多少誤解を生じさせる面はあるが、上記に説示したところと同旨のものと認められるから、その認定に誤りはないものと認められる。
また、引用例2の表1(5頁)に示されたものは、前記認定のとおり、光磁気ディスク用のOMS-1000についての仕様であるが、引用例2には、OMS-1000は「CDフォーマットによる録音再生が可能なディジタルオーディオディスクとしての機能と、光磁気あるいはDRAWタイプ光ディスクの評価測定装置としての機能を合わせ持った装置」と記載されているものであるから、DRAWタイプの光ディスク用のOMS-1000についても、光磁気ディスク用のOMS-1000と同様に、CDフォーマット信号の記録ができ、定線速度(CLV)の範囲を1.2~4.0m/sとすることができ、レーザー制御を0.1mWの単位で設定可能の光ディスクの評価装置が存在することは、引用例2に接する当業者にとって記載されているに等しいことであると認められる。したがって、これと同旨の審決の認定(審決書6頁14行ないし18行)に誤りはない。
(4) そして、引用例1記載の記録可能な光記録媒体についても、上記DRAWタイプの光ディスクの評価測定装置を用いて、CD規格に対応し得るものを見いだすことは、当業者であれば容易になし得ることであり、相違点1のように単にCD規格に準じた記録再生条件を規定することが格別困難なものということはできない。
(5) 以上に反する原告の主張は採用することができない。
よって、相違点(1)についての審決の判断に誤りはなく、原告主張の取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(相違点(2)についての判断の誤り)について
(1) 本願第1発明が「0.45mWの再生パワーでの再生出力が10%劣化する再生回数を106 回以上とした」と規定するのに対し引用例1にはそのような記載がないとの相違点(2)について検討する。
本願第1発明と引用例1記載の発明とを対比すると、両者は、前記のとおり、「基体上に記録層を有し、記録層がインドレニン系シアニン色素とビスフェニルジチオール遷移金属錯体を含む塗膜である光ディスク。」で一致しているところ(審決書5頁7行ないし10行。当事者間に争いがない。)、本願第1発明は、引用例1記載の発明と異なる記録層の厚さ等の構成を規定しているものではない。したがって、本願第1発明のうち「0.45mWの再生パワーでの再生出力が10%劣化する再生回数を106 回以上とした」点は、引用例1記載の光ディスクについて、前記1記載のように、CDと同様の定線速度でCDと同様の再生パワーで再生できるようにその特性を検討し、その見いだした結果を適宜採用することができる評価方法で評価し、その結果を示したものにすぎないものと認められるから、相違点(2)は、当業者が容易に規定することができる事項にすぎないということができる。
(2) 原告は、本願第1発明は、数多くのタイプの、そして数多くの材料を用いたDRAWタイプ光ディスクがある中で、基体上にインドレニン系シアニン色素とビスフェニルジチオール遷移金属錯体を含む塗膜を記録層として有する光ディスクのみが、その余の構成要件と組み合わせることによって、良好な記録再生特性を実現するのであり、この事実は引用例1及び引用例2から予測できないもので、極めて顕著な効果を発現しているものであり、本願第1発明は選択発明に該当する旨主張するが、前記認定のとおり、引用例1には、「色素としてインドレニン系シアニン色素を用い、クエンチャーとしてビスフェニルジチオール遷移金属錯体を含む塗膜を記録層として基体上に有する光ディスク」(審決書4頁8行ないし12行)が具体的に記載されており、甲第2号証によれば、上記の構成の効果として、「読み出し光による再生劣化がきわめて小さくなる」(21頁左下欄6行、7行)ことが開示されていることが認められるから、「0.45mWの再生パワーでの再生出力が10%劣化する再生回数を106回以上とした」点が引用例1及び引用例2から予測することのできない極めて顕著な効果と解することはできず、また、本願第1発明が選択発明として成立するものと解することもできない。したがって、原告の上記主張は採用することができない。
(3) よって、審決の相違点(2)についての判断に誤りはなく、原告主張の取消事由2も理由がない。
3 結論
以上によれば、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結の日 平成11年11月4日)
(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)